
本記事は、「現場から読み解く”不動産金融の世界”」シリーズの一環として、不動産クラウドファンディングや貸付型クラウドファンディング、セキュリティトークン(ST)を取り巻く市場の課題について考察するものです。
業界に長年携わってきたグローシップ・パートナーズ株式会社 代表取締役 松井晴彦氏が、総合コンサルタントとしての実務経験をもとに、事業運営の現場における具体的な論点から、業界全体の変遷や今後のあるべき姿までを幅広く解説します。
著者プロフィール

| 著者情報 | |
|---|---|
| 氏名 | 松井晴彦 |
| 所属 | グローシップ・パートナーズ株式会社 |
| 役職 | 代表取締役 |
| 経歴 | 貸付型クラウドファンディング、不動産クラウドファンディング、デジタル証券(セキュリティトークン)などのオンライン金融ビジネス領域において、10年以上にわたりコンサルティングおよびプラットフォーム提供を行う。ビジネス・法務の両面に精通し、事業者支援と業界発展の双方に携わってきた経験をもとに、客観的な視点から金融市場の健全な成長について提言を行っている。 |
高利回り競争が加速する不動産クラウドファンディング市場
不動産クラウドファンディング市場の拡大とともに、マーケティング競争も激しさを増している。SNSを開けば、「年利10%超」「業界最高水準」といった言葉が並び、高利回りを前面に押し出した広告や投稿が溢れている。利回りは投資家にとって重要な判断材料である。しかし、それだけで持続的なブランドは築けるのだろうか。
この問いを考える上で参考になるのが、一般消費財のマーケティングである。
小売業界では「ハイ&ロー戦略」と呼ばれる販促手法が広く用いられている。通常価格で販売しながら、セールやクーポンで来店を促す手法だ。この戦略自体は有効である。
しかし、マーケティング担当者が最も警戒するのは、「バーゲンハンター」ばかりを集めてしまうことである。
値引きは顧客との接点を作る入口にはなる。しかし、顧客が「この店が好きだから利用する」のではなく、「安いから利用する」と考えるようになると、競争軸は価格だけになる。結果として、より安い競合へ顧客は流れ、価格競争だけが残る。
対照的なのが、エルメスのようなラグジュアリーブランドだ。ほとんど値引きを行わない。顧客は価格ではなく、ブランドへの信頼に価値を見出しているからである。
金融商品の世界に置き換えると、この「値引き」に相当するのが高利回り訴求である。

高利回り訴求が引き寄せる「イードルハンター」
もちろん、高利回りの商品が悪いわけではない。リスクが高ければリターンも高くなるのは、金融の原則である。
問題は、高利回りだけを訴求し続けることだ。
そうすると、集まる投資家もまた、利回りだけで判断するようになる。
いわば「バーゲンハンター」ならぬ「イールドハンター」である。
彼らは年利8%より10%、10%より12%を求め、さらに高い利回りの商品が現れれば迷わず移る。結果として、事業者は終わりのない利回り競争から抜け出せなくなる。
募集額だけを追うマーケティングの限界
SNSやWEB広告は、この傾向をさらに加速させた。
実際、「高利回り」「年利○%」といった広告を大量に配信する事業者も少なくない。それらを見ていると、「1億円を集めるために1億円近い広告費を使っているのではないか」と感じるほど、募集そのものが目的化しているケースさえ見受けられる。
さらに、「もっと高利回りを」「もっとWEB広告を」「もっとSNSで露出を」と提案するマーケティング会社も存在する。短期的な募集額の拡大には効果があるかもしれない。しかし、それだけではブランドは育たない。
本来、金融商品のマーケティングで問われるべきなのは、「どれだけ集めたか」ではなく、「どのような投資家を集めたか」である。
本当に狙うべき投資家層とは
以前、あるクライアントから、こんな相談を受けた。
「会社としてのブランド力もあります。リスク低減策も講じています。利回りも10%あります。それなのに、なぜ募集が伸びないのでしょうか。」
私は「問題は商品ではなく、マーケティングです」と答えた。
高利回りだけを訴求した結果、本来届けるべき投資家ではなく、利回りだけを比較する投資家に向けて発信してしまっているのである。
実際、日本の投資家全体を見渡すと、最大のマーケットはイールドハンターではない。
近年、金利上昇を背景に個人向け国債の販売は大きく伸びている。しかし、個人向け国債は決して最も高い利回りの商品ではない。それでも選ばれているのは、高い信用力のもとで一定の利回りが期待できるからである。
多くの投資家が求めているのは、最高のリターンではない。
一定のリターンは欲しい。しかし、大きな失敗や後悔は避けたい。
実はここに、日本市場の大きなボリュームゾーンが存在する。
高利回りではなく「信頼」をブランドにする
不動産クラウドファンディングも本来は同じである。投資家が求めているのは、最高利回りではなく、「この事業者なら納得して長く付き合える」という信頼ではないだろうか。
個人向け国債では「国」の信用が重要な判断材料となる。同様に、不動産クラウドファンディングでは「運営事業者」への信用が極めて重要である。
だからこそ、事業者が築くべきものは、高利回りというイメージではなく、信頼されるブランドなのである。
そのために必要なのが、「信頼の可視化」である。
経営者や運用担当者が自らの考えを発信し、運用状況を継続的に開示する。なぜその利回りなのか、どのようなリスクを取っているのかを丁寧に説明し、成功だけでなく、課題や想定外の出来事も誠実に共有する。さらに、投資家教育やセミナー、第三者からの評価、投資家との対話などを通じて、長期的な関係を築いていく。
こうした地道な活動こそが、ブランドを育てるのである。

編集部コメント
不動産クラウドファンディング市場が拡大するなか、事業者間の競争も激しさを増し、高利回りを前面に押し出したマーケティングも多く見られるようになっています。
利回りは投資家にとって重要な判断材料の一つですが、長期的に選ばれるサービスとなるためには、利回りだけではなく、運営事業者の情報開示や運用状況の発信、投資家との継続的なコミュニケーションなどを通じて、信頼を積み重ねていくことが重要といえるでしょう。
当メディアとしても、不動産クラウドファンディング市場の健全な発展と投資家保護に向け、事業者の取り組みや業界の動向について、今後も継続的に発信してまいります。
※「住宅新報 7月28日号」 より、当社にて一部原稿を加筆修正し掲載


